第60回 D-Wind Rally  『我が街 前橋−至誠の精神で!?−』
コース案内(作成記)

コースレイアウト図は、こちら(PDF版)
最初に・・・ ※今年の某国民放送の大河ドラマ「花燃ゆ」で、主人公の『文』の再婚相手である『小田村伊之助(のちの楫取素彦)』が、初代・群馬県令(現在の県知事)という事で、群馬県がその名を借りて知名度を上げようと躍起になっていて、『ぐんま花燃ゆプロジェクト』なるものを立ち上げ、群馬県庁・昭和庁舎内で『ぐんま花燃ゆ 大河ドラマ館』という企画展を開催している。 

群馬県のあっちこっちを紹介するDWRとしても無視する訳にはいかないので、丁度60回の区切りの回でもあり、前橋にある『楫取素彦ゆかりの地』を≪至誠の精神を持って≫案内するコースを作成した。

楫取素彦についてや、ゆかりの地については、『ぐんま花燃ゆプロジェクト』のページをご覧ください。

スタート〜5CP

スタート、OD、1CP、5CPにトイレがあります。
  スタートは、前橋市街地の東の外れにある『JR両毛線・駒形駅 北口』
以前は何もなく静かな駅前だったが、前橋市内から私立学校が移って来、専門学校も出来、にぎやかになった?
駅舎も2011年に木造駅舎から橋上駅舎に建替えられ、駅前のロータリーも整備された。


  ODは、『二宮 赤城神社』
 8CPの少し手前にあるDWR53でCPを置いた『三夜沢 赤城神社』が山宮で、『二宮 赤城神社』が里宮。 4月と12月の初の辰の日に神様が里宮から山宮へ移動する「御神幸(ごじんこう)」が行われる。
その途中、「輿懸(おこしがけ)」という場所で休憩するが、その際、接待をするのがコマ図18図右折した先を右手に入った所にある『阿久沢家』である。
 三夜沢・赤城神社は、木々が鬱蒼としていて、荘厳な雰囲気があるが、二宮・赤城神社は、明るい雰囲気!?(笑)  案内板によると、神社の北辺を律令時代の都と陸奥国を結ぶ東山道の名残りと言われている「あづま道」が通っていたとの事。 今の国道50号線の様に幹線道路だった様だ。


  1CPは、『大室公園』
 過去、何度かCPを置いてる、古墳・遺跡を中心とした公園。 旧石器時代の石器や縄文時代の住居跡も発見されている。
また、6世紀頃の豪族の墓と言われる、国指定史跡の前二子古墳、中二子古墳、後二子古墳の3基の古墳がある。
楫取素彦は、歴史遺産を守るため、古墳や古碑の調査・保護を行ったが、ここ中二子古墳にも関わった様である。



  『苗島神社』に2CPを置いた。
 旧宮城村・苗島地区の村社で、鳥居の「社額」が、楫取素彦の筆によるもの。 今回めぐる楫取素彦にゆかりのある場所の中で、ここだけが唯一「ゆかり」の証が残る場所である。
過去のDWRでこの前を何度か通っているが、この神社は全く無視していた(笑)  「楫取素彦」自体を知らなかったから、仕方ないが・・・。

5CPで訪れる『臨江閣』で説明してくれたおばさんも、「楫取素彦の事は、臨江閣でボランティアをするまで知らなかった」と言っていたので、大河ドラマの放送が決まってから群馬県に関係があった人だと知った群馬県民もきっと多い筈!(笑)


  国道353号線から市街地へ向かって下る途中に3CPを置き、『横室の大カヤ』に4CPを置いた。
 私の通勤路の途中に巨木なのだが、今回初めて立ち寄った。 推定樹齢千年以上だそうである。



  通称・国体道路を通り、県庁に5CPを置いた。 駐車場は2時間まで無料なので、車を置いて周辺を歩いてもらおうと思う。 また、上記の通り県庁・昭和庁舎内で『ぐんま花燃ゆ 大河ドラマ館』という企画展を開催しているので、大河ドラマファンの方は是非ご覧ください。 出演者の衣装なども展示してある。


 散策をしてもらうために、県庁周辺の『清光寺』と、「前群馬県令楫取君功徳之碑」がある『前橋公園』及び、『臨江閣』にクイズを置いた。 場所は予め地図で確認しておいてください。



  『清光寺』
 楫取素彦、寿子夫妻の発願により創設された本願寺説教所が発祥。 寿子夫人は当時の群馬県が念仏不毛の地であることを憂い、この地に念仏の教えを拡めんことを願い、西本願寺の明如法主に請うて本願寺説教所として創設し教化活動を行った。
その後、大正9年に正覺山清光寺として正式に寺号を公称した。
しかし、境内にある「親鸞聖人旅立像」も建立が今年の1月で、もしかして大河ドラマが決まってから建立を決めたのではと疑いたくなる(笑)  本堂も新しく余り荘厳さを感じないが・・・。 


  『臨江閣本館・別館・茶室』
 臨江閣は近代和風の木造建築で、本館は明治17年9月、楫取素彦や市内の有志らの協力と募金により迎賓館として建てられた。
別館は明治43年一府十四県連合共進会の貴賓館として建てられた書院風建築である。
茶室は、本館建設に際し、市民の惜しみない寄付に感激した楫取素彦が当時の県庁職員の醵金(きょきん)により、建設したもの。
現在、本館と茶室は県指定、別館は市指定の重要文化財となっている。



  散策でお腹が空いたら、県庁の向かいにある『群馬会館』内にある群馬会館食堂のハヤシライスがオススメ! 是非、お昼にどうぞ。
5CP〜ゴール

5CP、ゴールにトイレがあります。

また、38図先左手にある「JR上越線・群馬総社駅」にトイレがあります。
  県庁を再スタートして、前橋市街地に残る絹産業遺産(碑だけであるが)の場所を通り郊外へ出る。 
DWR56で世界遺産・富岡製糸場をゴールとし、DWR59では、その他の世界遺産・高山社跡、田島弥平旧宅を紹介したが、その富岡製糸場より2年早く器械製糸場を前橋藩が設立しており、日本に於ける最初の洋式器械製糸場とされている。
その碑がコマ図34図にある。 最初のプランでは車をどこかに置いてもらって見てもらうつもりだったが、無料で停められる駐車場が近くに無く、通過するだけになった。
ただ、この日本最初の製糸場は、民家を転用したもので、非常に手狭だったため、わずか3ヶ月ですぐに移転し、新たに工場として建設したのが、コマ図35図の地点である。 こちらも碑があるだけで、駐車場も無いが交通量が比較的少ない場所なのでクイズを設定した。



  川向う(前橋市民は、こう言う(笑))に渡り、『総社・二子山古墳』に6CPを置いた。
ここも『大室公園・中二子古墳と同様、楫取素彦が調査・保護に関わった様である。
道が狭く、古墳のすぐ近くの空き地は私有地なので、注意してください。


  41図から、赤城山に向かって上って行く。 赤城第2南面道路(通称:からっ風街道)に入る手前に7CPを置き、からっ風街道から外れ林道に入る手前に8CPを置いた。



  林道・湯ノ口滝沢線、林道・滝沢線を抜けて、県道16号線に入りゴールの『赤城温泉』を目指す。
  『赤城温泉』
 赤城山南麓にあり、良く言えば豊かな自然に包まれた温泉郷。 明治15年に湯の澤温泉(現在の赤城温泉)に楫取素彦と文が投宿したとされている。
山の斜面に3軒の旅館がある。廃業した旅館の建物もそのまま残り、古びた旅館が多く、何もない温泉郷である。 温泉に浸かり静かな時間を過ごすには良い所かもしれない。
44図先にある滝沢温泉・滝沢館と45図先にある忠治温泉・忠治館も併せて赤城温泉郷と呼んでいるようだ。
各旅館とも日帰り入浴が可能な様だ。 疲れを取ってから赤城山を下ってください。